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2015年3月11日 (水)

◆杉崎和子先生と美しさについて

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アナイス・ニン研究会には、私がアナイス関連の本でその名を知る翻訳家の方々がいらした。みなさんアナイスを日本に紹介するために尽力なさっている。

そのひとたちと一緒の空間で、アナイスの話ができるなんて私はただただ嬉しかった。

引越しでよれよれになり、「文学って何だっけ」という状態での参加だったけれど、一秒一秒、時間の経過とともに私は自分の内面が活き活きと活動し始めるのを感じていた。

この感覚ってなんだろう。

息がしやすいような、とっても歩きやすい靴を履いて歩いているような、すっごく美味しくてフレッシュなミネラルウオーターが身体にしみこむような、そういう感覚。

そして杉崎和子先生。

彼女はうっとりするほどに知性のひとだった。豊かな経験と膨大な知識をもちながら、けっして高みから見たりしない。それどころか、私たちに教えを請うような視線をときおり投げかけられる。そう、けっしてそこにいるひとに劣等感を抱かせない、知性のひと。

知性のひとは美しい。知識だけのひとは醜い。

最近私はそのように考え始めているけれども、杉崎先生は私のその考えを肯定してくれているようでもあった。

杉崎先生は私よりも34歳年上のひと。

濃い桃の花びらのようなピンクが鮮やかな色とりどりの色彩のスカーフ、濃い桃の花びらのような色のネイル。

咲いたばかりの春の花みたいだった。

 

もっとも印象に残った話。

小牧にあるメナード美術館で『音から生まれる色ワールド』と題された展覧会が開催されていた。そこで先生はある言葉と出会った。

音を組み合わせると音楽になる。色と形を組み合わせると絵画になる

先生はこの言葉にはっとした。音楽ってひとつひとつの音の組み合わせ……、そう考えると、難解でぜんぜんわからない、と思っていたカンディンスキーをはじめとする抽象画も楽しめるようになった。

この言葉との出会いはとても強い印象を残したのだと先生は繰り返しおっしゃった。

音楽って、そうなのね、音と音の組み合わせなのね……と。

私は、そのみずみずしい感受性に胸うたれていた。

言葉に出会うということは、出会う側の感性が必要なのだ。いつも何かを発見したいと願い、心動くものに対しては敏感でありたいと願う気持ちが必要なのだ。そしてそれは年齢を重ねてゆくうちに、たいていは磨耗してゆくもの、私はそんなふうに思っていた。20歳のころなら泣いて感動しただろうものに対しても、いつかどこかで見たようなものとして受け取ってしまっている自分を私はこのところ頻繁に発見している。

それなのに、杉崎先生のなんとみずみずしいことか。そして私は強く感じた。なんとアナイスにふさわしいひとであることか、と。

私は英語がわからないから、私が読んでいるアナイスは杉崎先生の言葉だ。私は杉崎先生の言葉の選び方、リズムが大好きだけれど、今回、杉崎和子先生というひとにふれて、あらためて、アナイスを、翻訳も含めて私に伝えてくれたひとが先生でよかった、そんなふうに思った。

そしてさらに先生は私を感動させた。

翌日に予定されていた私の本のトークイベントに参加したい、とおっしゃったのだ。

文学的な会ではないし、先生にいらしていただくなんて……と言う私に先生は、どんな会なのかとっても興味があるの、いろんなところに行ってみたいもの、と少し恥じらうようにそして目をきらっとさせて笑みを浮かべた。

もう圧倒されてしまった。

美しさって心のありようなんだ。とあらためて認識しなければならないような、それは私にとってひとつの事件だった。

*私のアナイス・ニンへの偏愛を綴ったダイアリーはこちらです。

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