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2015年8月29日 (土)

◆2本の傘

Img_1802その日はめずらしく夜に食事の予定があった。

食事が始まって少ししたころ携帯電話に連絡が入った。娘からで、電車のトラブルで帰宅するのが難しく、ちょうど私が食事をしている近くの駅にいるから待っていると。

食事を終えて娘と合流し、交通の様子を探る。タクシーもバスもまさに長蛇の列。しかもメインストリートはタクシーがぎっしりで動いていない。

ぎゅうぎゅうの電車に乗ればよいのだろうけれど、それは私にとって一番最後の選択なので歩くことにした。

一時間も歩けば着くだろうけれど、ヒールの靴だったしちょっと心配。けれど覚悟を決めて歩き出した。

歩いて20分ころ、雨が降ってきた。2人とも傘をもっていなかった。近くのコンビニで買いましょう、とコンビニを目指すけれど、なかなか見えてこない。そのうちに雨がいじわるなほどに強く降ってきて、私はバッグをショールでくるんで抱きかかえた。

母から譲り受けて、修理しながら使っている一番大切なバッグだったからだ。

足早に歩く。

雨に濡れて歩いているという状況は、雨以前の「けっこう新鮮かもと思っていたナイトハイク」を「惨めな事件」に変えた。

もう、びしょぬれだった。ようやくコンビニが見えてきて、入口のところに傘が売っていた。ビニール傘が2本。

ああよかった。私は迷わず2本を手に取り、髪からしたたりおちる水をふりはらって店内に入った。

私の前には小学生くらいの男の子が3本のビニール傘をもってレジに並んでいた。

私はそのとき思った。2本残っていたのを買うことができてラッキー! 

お金を払って外に出ると男の子の家族がいた。そうか、家族の分で3本ね、なんて納得して、それから、傘をさして再び歩き始め、傘ってこんなに大切なものだったのねえ、と言いながら私たちは家を目指した。

ほんとうに強く降っていた。

けれど10分くらい歩くと小ぶりになってきた。

ほっとするのとほぼ同時に、私の頭にさっき立ち寄ったばかりのコンビニの入口の風景が浮かんだ。

これからまた雨が強く降ってきて、傘を求める人があのコンビニに立ち寄ってもそこに傘はないかもしれない。いいえ、在庫があってそれがまた追加されているかもしれない。けれど在庫がもうない可能性だってある。

私はあのとき、迷わず2本の傘を手に取った。そして最後の2本が自分のものになったことに安堵した。

どうして。どうして私はあのとき、「1本の傘に2人で入ればいいね、もう1本はほかの人のために残しておこう」と、ちょっとでも思わなかったのだろう。迷いもしなかった。

家について、眠って、翌日になっても、さらにその翌日になっても、この嫌な気持ちはぬぐいきれない。だからここに書いておこうと思った。

あのとき私はバッグのことが心配で、それにもちろん、びしょぬれになることがとっても嫌で、余裕がなく、とにかく濡れないで歩きたいということしか頭になくて、2本の傘を手にとった。

なんか、出るんだな人間性みたいなものが、ああいったちょっとした非常時に。

私は自分の人間性を見てしまった。醜い、自分だけがよければそれでよいという、醜い姿を。

余裕があるときにはいくらだって美しくっぽく振る舞える。肝心なのは自分に余裕がないときどれだけ美に忠実でいられるかだ。

写真はフェルナン・クノップフの画集。

誰かに貸したままなのか、手もとになくなってしまったので再び買ったばかり。懐かしく大好きな画集を眺めてみれば、さまざまな女性がじっとこちらを見る。自分自身を正面から眺めてみなさいね。そんなふうに言われているような気分になる。

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