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2016年1月18日 (月)

*FB*結婚パーティー

Image12 ごきげんよう。

雪のにおいに、なつかしい軽井沢をうっとりと思いだしたのち、あのうっとうしい雪かきまで思いだして、「ほっ」と安堵する、雪の月曜日。

まあ。どなた? 雪かきなんてしたことなかっただろ、なんておっしゃるのは。

みなさまはいかがお過ごしでしょうか。

 

私は昨日、愛あふれる空間に浸りきった関係で、まだその余韻のなかに。

ひとくみの男女が、お互いをものすごく好きだ! と思って、一緒に人生を歩んで行くんだ!って、ひとかけらの疑問も迷いもなく信じ、「このひとが私が愛する人です!」ってみんなの前で大声で叫ばないではいられないような、そういう瞬間に居合わせたのが、久々だったものですから。

ほんとうに、あらゆる意味でたくさんの刺激をうけているのでございます。

それで、「恋愛と結婚についての哲学書」と本人は信じている『恋に溺れて女になる』というものすごいタイトルの本などを出してきて、ぱらぱらとページを繰れば、決定的な一文がすぐに目に飛びこんできたのでございました。

というわけで本日の言葉のプレゼント。

「私の人生の最大の成功はサルトルであった」 byボーヴォワール 

ええ。

この言葉は、ひとくみの男女の絶対的な関係性を物語っていて、私の基本の基本のところに根付いているのでございます。

涙が出そうね。 

みなさま。「サルトル」のところに、どなたの名が入りますか? 

写真左上は、会場で、ふたりの愛情生活が流れる映像によだれ状態の私でございます。

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2016年1月16日 (土)

▽ヴィオレット~ある作家の肖像

Img_2574昨年から私を支えてくれている、ずいぶん年下のお友達と岩波ホールで、「ヴィオレット~ある作家の肖像」を見た。

チラシには私を惹きつける言葉が並ぶ。

「1940年代、パリ。文学界に衝撃を与えた実在の女性作家ヴィオレット・ルデュック。彼女を支えつづけたボーヴォワールとの絆、そしてプロヴァンスの光の中に幸福を見いだすまでの魂の奇跡」
とか、
「書くことが、生きること」
とか。

映画は139分もあって、かなり長く感じた。
長く感じたということは、それほど惹きこまれなかったということで、それでもやはり、作家の伝記だから、じわじわと効いてきている。

「刺激を受けなければ」と、半ば強制的感覚で出かけた映画だった。
三年、四年という慢性的なスランプ状態を、このままほうっておくと、それはスランプではなく常態になってしまう。

ヴィオレットが生きた1907年~1972年って、私のアナイス・ニンとほぼ重なる。アナイスは1903年~1977年だから。
ふたりを比べることは無意味かもしれないけれど、ヴィオレットが文学史上はじめて「自分の生と性を赤裸々に書いた作家」とされていることに、私は思うことがある。

アナイスも、同時期に、未発表の、その時点では超個人的な日記に、自らの生と性を赤裸々に綴っていた。
違いは一つだけ。
それを発表したか、しなかったか、ということ。

アナイスが発表できなかった大きな理由としては、夫をはじめとする家族への気遣いがある。
ヴィオレットに、アナイスがもっていたためらいの理由はなかった。

よほどの神経の持ち主、あるいはすべてを捨てる覚悟(自己愛とか冷徹さとかも含む)がなければ、このためらいは作家にとって命とりになる。
作家という、自らをさらけ出してその反応を世に問い、お金をもらうというけっして上品ではない仕事をしていくうえで、ヴィオレットは好条件を備えていたと言っていい。
つまり、私生児として生まれ、母親に愛されていないという想いをかかえて育った彼女の人生に、ためらいとなる要素はなかった。
彼女は自分は恵まれていないと思っていたけれど、私から見れば、作家としては最高に恵まれた環境に生まれ育ったのだ。

それにしても、ヴィオレットの才能をほめたたえた人たちがすごすぎる。
ボーヴォワールに絶賛されたということはそんなにうらやましくないけど、カミュ、サルトル、ジュネ、コクトーに絶賛されたことは、よだれがでそう。

ヴィオレットの創作に命を与えたのがプロヴァンスだったということも興味深かった。
都会ではだめで、そこだったからこそ書けた。
そういう命の場所というのが存在するということ。自分の軽井沢での十年と重ねて涙が出るくらいに共鳴した。

ボーヴォワールがヴィオレットが成功したことに、「文学の美しい自己救済を見る」と言ったことも胸にしみたし、あとは、シンプルなセリフだけど、

「書くのよ 涙も叫びも 書くしかない」

「私は特別ではない。死ぬのは怖く生きるのもつらい。それでも生きていく。すべてを背負ったまま」

このあたりも好きだ。

観終わったあと、神保町のミロンガというタンゴ喫茶で、私はお友達といろんなことを話した。ミロンガのブレンド珈琲はここ数年の間(それ以前のことは覚えていないだけ)に飲んだ珈琲で一番美味しかった。あの珈琲を飲むためだけにも、ミロンガに行きたいくらい。

お友達は、彼は意識していなかったと思うけど、私をちくちくと刺激し続けた。
彼は私を刺激する決定的な要素をもっている。それは、私をひとりの芸術家として見ているということだ。

ヴィオレットとミロンガの珈琲とお友達との会話。帰りの電車のなかで、持ち歩いていた原稿を取り出して、その裏に筆圧強く書いた言葉は、「私は敗北感のなかで生きるのか!!」。

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2016年1月15日 (金)

*FB*私も「私たち」なんてだいきっらい

Rmediashop_d0004392 ごきげんよう。

冬眠から覚めたらこんどは、原稿の締め切りが目前で、まったく余裕がない私。

もっと優しくなりたいのに、ぜんぜんだめ。

みなさまはいかがお過ごしでしょうか。 

私は先日お友だちと刺激的な会話をしたからなのでしょうか、むしょうに『ルー・サロメ 善悪の彼岸』が観たくて困っているのでございます。

ルー・サロメって、ニーチェが絶望的に愛した女であり、リルケを詩人にした女であり、晩年のフロイトの協力者であったという、ワンダフルな女性。

それで彼女の伝記映画がもう、すごくて。監督がリリアーナ・カヴァーニですから。名作中の名作『愛の嵐』を撮った方ですから。

濃厚な赤ワインみたいに酔えるのでございます。とろとろ。

 というわけで本日の言葉のプレゼントはこの映画のなかから。

***

「私たち?」

あなたが主張する「私たち」って何なの?

私は私のことしか知らない。

***

しびれるのでございます。

これって、ある女性から「私たちには女性と社会への責任があるわよねー」と言われて答えたときのセリフ。

「そうねー」という返答を疑いもしない相手に、「私たちって何?」と鋭く問いかけ、「私は私のことしか知らないっ」と言い切ったルー・サロメ。

大好き。

「ルー・サロメ 愛と生涯」って本があるのですけれど、この序文を、これまだ熱愛するアナイス・ニンが書いていて、こういう一致ってふるえてしまうのでございました。

 (『特に深刻な……』でも扱いました。34ページよ)

こちらにもごらんくださいな。映画について書いております。


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2016年1月 8日 (金)

*FB*冬眠

Photo_2 ごきげんよう。

昨年末の忙しさによるエネルギーの枯渇で、うっかり冬眠しておりましたら、もう8日ですって。 びっくりだわ。
それにしても、ほんとにね、毎年のことながら、年始は苦手だわ。 なぜかしら。
ポジティブ強要ムードが嫌なのね、きっと。
……まあっ。勝手に感じているだけですって? そうかしら。
ということで冬眠明けの私からみなさまへ。 今年最初の言葉のプレゼント。
 
よく冬の時代などと言うけれど、人間にも死んだように休眠する時期が必要なのだ。でないと、再生できないよ
桐野夏生「ナニカアル」(これ、林芙美子がヒロインの小説)の冒頭からでございます。
すばらしい薔薇を育てる男性の言葉。
……薔薇って、虫がついたり病気になったりしても、冬の間に休眠して治して、春には再生するのですって。
だから冬っていうのは、とても大事な時期なのですって。
私、冬眠のエントランスに、ちょっとだけね……と、この小説を読み始めて、いきなり落涙、そして安心して、冬眠したのでございました。
絵はゴッホが亡くなる年に描いた薔薇でございます。
大好きなみなさま。 2016年もどうぞ仲良くしてくださいな。
*お知らせ*
フェイスブックを利用しない方々から、そちらでの記事も読みたいです、とのお便りをいただき、ちょっと考えたのですけれど、今年からブログでもフェイスブックの記事を掲載することにしました。
文体が違いますけれど、ちょっとなつかしの軽井沢夫人的。どうぞお楽しみください。

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