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2016年3月31日 (木)

*FB*私だけのカラヴァッジョ

Img_0941_2 ごきげんよう。

嫌いな季節なものだから、すっかりふさぎこんでいる3月の終わりの朝。

私があんまり、「春はいやいやっ」とうるさいものですから、優しいご婦人から、このようなお便りが。
「T.S.エリオットも言っていますね。 April is the cruelest month.四月は最も残酷な月である、と」

さてさて。 そんな、苦手な春のある日のことでございます。 電車に乗りましたら、妖しい少年が私に微笑みかけてきてびっくり。

「きゃあ」と声をあげそうになりました。
ええ。
国立西洋美術館の「カラヴァッジョ展」の告知。

Img_0944_4 カラヴァッジョといえば、私の大切な本『美男子美術館~絵画に隠された物語』のラストを飾る天才画家。
13の物語中、もっとも苦労した章なのでございました。
カラヴァッジョによる「バッカス」。

タイトルは「人々を熱狂させる背徳的な恍惚」
国立西洋美術館、カラヴァッジョ展のショップに『美男子美術館』が売られていたら嬉しいけれど、きっとないんだわ。
いじいじ。

というわけで本日の言葉のプレゼントはこの本のなかから。

「長く生きればいいというわけではありません。 自らの芸術を人生の
第一に置いた芸術家にとっては、 その生涯で、どれほどの作品を残せるか、 がなによりも大切なこと、 というのもあり得ると私は思います。 そう考えれば、カラヴァッジョはバッカス的人生を、 やはり生ききったのです」

私のカラヴァッジョ、私のバッカス、お読みいただけたら、とても嬉しいのでございました。

カラヴァッジョ展はこちら。
http://caravaggio.jp/

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2016年3月30日 (水)

▽追憶と、踊りながら

T聞いてくれる? 

私は学んだの。
いつも幸福でなくても満足することを。

孤独な人生にだって、いつかはきっと慣れる。

でも私はこうして生きている。

もう何もなくても、たとえ行く場所がなくても。

……
忘れていた傷が突然疼くようで怖くなる。
それが孤独。

それでもこう言うでしょ。
今日と違う明日は来る。
私は人生を続けてゆく

夫に先立たれ、最愛の息子を失ったばかりの初老の女性がたんたんと語る、ラストシーン。

彼女を訪ねる息子の同性の恋人、コミュニケーションの困難さの象徴として、ふたりの間に立ちふさがるのが言葉の壁。

「この映画、おすすめですか?」と聞かれたら、「うーん。そうでもない」と答える。けれど、「生きるちから」みたいなものの、ほんものを観たかったら、すすめる。

人はすっごく大切なものを喪っても、それでも、生き続けられるものなんだ。
そんなことと、あとはなぜか、
歴史に名を残すようなことをしていない人のなかに、偉大な人が数多く存在しているに違いない。
そんなことを思った。

私はこの映画で、人間の生命力というものを、そっと、ではなく、強引に見せつけられた気がした。
その強引さは、あまりにも音がないものだから、強引なのだと気づかないくらいで、それで、見せつけられたのち、私はそこに希望を見て、ああ、この映画を見てよかった、としみじみと思った。

このところ、余裕のない毎日を送っている。

いくつかのことが同時に進行していて、私はこういうのが得意ではない。

ひとりの人と、ひとつの物事とじっくりとつきあいたい。

次はこれ。
ああ、これもしておかなくては。
この締め切りはいつまでだっけ。
少し眠らなくては。

目の前に積まれた読むべき本の山。観るべきDVDの山。返信するべきメール。
べき、べき、べきって、誰が決めているかといえば自分自身。
ほんとのほんとに、すべきことなんて、そんなにあるはずがないのに。

こんな毎日では、なにか、とりかえしのつかないことを、おろそかにしているようで、こわくなる。
なんのために生きているのかわからなくなる。
もっときちんと、ひとつひとつの出来事をかみしめながら、考えながら、生きるべきなのだ。
また、べき、って言ってる。

「追憶と、踊りながら」の人々は、苦しみながらも悲しみながらも、でも、丁寧に、生きていた。

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2016年3月18日 (金)

◇4月20日「語りと歌のコンサート~マリア・カラス」

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語りと歌のコンサート  「マリア・カラスへのオマージュ」

2016年4月20日(水)19:30~ 銀座シグナス

◆世紀のディーヴァ(歌の美神)マリア・カラスへの想いをたっぷりこめた、
語りと歌のコンサート。

黒川泰子さんの「銀座シグナス」のマンスリーライヴ、
昨年末のエディット・ピアフに続き、ゲストとして出演。

今回は、マリア・カラスの世界を創出します。

1部:黒川泰子さんによるミニ・ライブ
   (シャンソンを中心に。季節を意識したレパートリー)
2部:「マリア・カラスへのオマージュ」  
   ~山口路子による語りと黒川泰子さんによる歌

◆マリア・カラスの少し悲しく、けれど迫力のある生涯、そしてマリア・カラスが得意としたオペラの物語を、情感こめつつも淡々と語ります。

そして黒川泰子さんの歌!

予定している曲目
◇「歌に生き、恋に生き」(「トスカ」より)
◇「私のお父さん」(「ジャンニ・スキッキ」より)
◇「ある晴れた日に」(「蝶々夫人」より)
◇「さよなら故郷の家よ」(「ワリー」より)
◇「恋は野の鳥(ハバネラ)」(「カルメン」より)
◇「ママも知るとおり」(「カヴァレリア・ルスティカーナ」より)

多くの人が一度は耳にしたことのある有名なアリア。

◆大胆(あるいは無謀)にもイタリア語、あるいはフランス語で歌われるオペラのアリアを、 私、山口路子が訳詞に挑戦。

原詞にできるかぎり忠実に、その世界観に、よりうっとりとひたれるような、そんな歌詞になるよう こころがけました。

シンプルで、でも美しい日本語で歌われるアリアをぜひ、お聴きいただきたいと思います。

◆そして、さらに華麗なチャレンジャー、黒川泰子さんならではの
「クラシック・クロスオーバー」、 軽妙なアレンジでおとどけしますから、
ほんとうにこのコンサート、いろんな意味で、ご期待いただきたいのです。

◆出演者 歌:黒川泰子 くろかわやすこ http://yasuko-kurokawa.jimdo.com/
語り:山口路子 やまぐちみちこ http://www.michikoblog.com/
ピアノ:北川美晃 きたがわよしあき http://kitagawayoshiaki.wix.com/piano
ヴァイオリン:西垣惠弾 にしがきけいた
闘うヴァイオリン弾き:ttp://ameblo.jp/nishigakikei/

◆ミュージックチャージ:5000円

◆お申し込み :私にメールをください。
my.orange@zels.co.jp
満席が予想されますので、お席を確保いたします。
みなさまからのご連絡、お待ちしております!

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*FB*加藤美紀さんの仕事

Photoごきげんよう。

とつぜんに春。苦手なシーズンがやってまいりました。

みなさまはいかがお過ごしでしょうか。



本日は、素敵な本をご紹介。

私が応援している美しき画家、加藤美紀さんのお仕事。

絵どうわ、『わらぐつのなかの神様』

でございます。

情報を入手してすぐに書店で予約しちゃったくらい、加藤美紀さんの

お仕事が好き。

この絵どうわ、加藤美紀さんの絵がたくさんあって、すごく得をした気分。

私はとくにP7P8、見開きの作品に、なんだかとっても胸が温かくなって、郷愁みたいなものに襲われて、そんなのってあんまりないものですから、戸惑ったりして。

加藤美紀さんのね、芸術に対する、半端じゃない情熱が私は好きなのでございます。

ああ。いつか一緒に、それはそれは美しい本を創るのが、私のひとつのドリーム。

加藤美紀さん

http://mikikatoh.com/

というわけで、本日の言葉のプレゼント。

「なんたって仕事はこころがけだよ」

ええ、もちろん「わらぐつのなかの神様」からよ。

素敵な大工さんの言葉でございます。

そうよ、こころがけなのよ、これを忘れている人のなんて多いことか。ね、私。

 

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2016年3月10日 (木)

*FB*逃避本が中国で翻訳出版

Touhi ごきげんよう。

どーんと重たい空。でも、すかーんと晴れた空よりも、仕事場に籠る必然。

みたいな雰囲気が好ましい、そんな昼下がり。

みなさまはいかがお過ごしでしょうか。

本日も、みなさまにお知らせがあるのでございます。

私の大好きな本『特に深刻な事情があるわけではないけれど、私にはどうしても逃避が必要なのです』、この長いタイトルの本ね、これが中国で翻訳されまして、さきほど中国版の本が届いたのでございます。

まあ。

ぜんぜん雰囲気が違って……なんて柔らかなピンクでございましょう。

中国語、ぜんぜん読めないけど、ところどころ「山口路子」とか「要逃避」とかがあって、確かに、私の逃避本だわ……としみじみ中国版を柔らかな胸に抱くのでございました。

以前にも何冊か翻訳されてはいるけれど、これって嬉しいものね、ほんとうに。

あんまり嬉しいから、中国語が読める方(お友達でもオッケー)で、ピンクの表紙の逃避本が欲しい方がいらしたら、コメントじゃなくてメッセージをくださいな。

(このサイトでは左上の「メール送信」からどうぞ)

プレゼントしちゃおうと思うの。先着1名様ね。

というわけで本日の言葉のプレゼントは、逃避の本から。

 「苦悩から逃避していたら

一流になれないというのは嘘です」

 はい、これはイヴ・サンローランの映画から。

いったいどんなことなんだ! と気になった方はぜひご購入くださいな。

すでにお持ちの方は、74ページよ。

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2016年3月 9日 (水)

*FB*『私は私 超訳ココ・シャネル』重版となりました。

12804192_10206047381845452_20791916 ごきげんよう。

雨音のなか、いつものようにひとりきり、ちょっとドラマティックにマイケル・ナイマンが流れる夕刻。

みなさまはいかがお過ごしでしょうか。 

本日は、嬉しいご報告があるのでございます。

新刊『私は私 超訳ココ・シャネル』が発売数日で重版となりました。

ほんとうにね……発売してすぐに重版なんて、いつ以来かしら……遠い眼差し……しみじみ。
優しい方々から、「どこどこの、ナントカっていう本屋さんで、こんなふうに並んでいた!」的なご連絡もいただいて、幸せ気分。
そのなかから、いちばん最初に届いた写真を載せちゃいましょう。
天下のハイジの隣に並べていただけるだなんて、私の著書のなかでは、これだけじゃないかしらね。

というわけで、本日の言葉のプレゼントは、やはりシャネルから。

どんなつまらない本でも、 必ず何か言いたいことがあり、 何かしらの真実がある

こういうシャネルは好き。

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2016年3月 7日 (月)

*FB*お知らせ 『私は私 超訳ココ・シャネル』発売です!

Img_2877_2 ごきげんよう。

雨のなか、しっとりとひとりきり。 「新しい子ども」をながめながら、アップルパイをもぐもぐするおやつタイム。

みなさまはいかがお過ごしでしょうか。

「新しい子ども」……?

はい、本日は「新しい子ども」のことをご報告したいのでございます。

じゃーん。 新刊が発売になりましたの。 その名も、 『私は私 超訳ココ・シャネル』

『ココ・シャネルという生き方』が好調ななか、『私は私 超訳ココ・シャネル』は、シャネルの100の言葉を集めて、そこからシャネルという人の魅力に迫ってみた、言葉からシャネルの生き方をあぶり出してみた、そんな本でございます。

もちろんっ。 シャネルはひとりですから、この2冊の本の内容に、ものすごい差があるとは申し上げません。 けれども『ココ・シャネルという生き方』から7年、私自身が、ほら、こんなに変化しておりますから、それはもちろん表れているに違いないのでございます。

実はシャネルの名言集のお話は、いままでにもいくつかいただいていました。 けれども、そのときはいろんな理由で書くことをせず、そして、今回の出版に至ったのには、大きな理由などはございません。

すべてのものには時がある、と聖書にありますけれども、いま、私に言えるのはそれだけでございます。その時だった、ということなのでございましょう。 タイミング。 ってかんたんに言っちゃってもいいわね、きっと。

本を読まない人がどんどん増える、私にとっては過酷な環境のなか、この本は「ふだん、本を読まない人」に読んでもらいたい、という目的で作られました。 私としては、私が惚れたシャネルという人を、一人でも多くの人に伝えられるチャンスととらえていますので、みなさま私の「新しい子ども」をどうぞよろしくね、ばっちん(ウインク)。

ちなみにこのカヴァー、じつは幅広の「帯」になるのですけれど、この女の子ね、私の娘の幼いころの写真なのでございました。 うそよもちろん。

もう書店に並んでおります。 アマゾンには3月3日発売、なんてあったから、桃の花を背景に記念撮影。

あ。さいごに本日の言葉のプレゼント。もちろんシャネルから。

人が何を残せるのかといえば、
人生のなかで何を考え、
何を愛してきたかということだけ

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2016年3月 4日 (金)

*FB*「アナイス・ニン研究会」直前

Image1 ねえ、そろそろ春じゃない? ってかんじのこの季節がどうも苦手で、いつもかなしくなるものですから、注意深く過ごさなくっては。

と、意味不明に注意深くなる夕刻。

みなさまはいかがお過ごしでしょうか。

私は「アナイス・ニン研究会」での講演という、一大イベントを前に、逃げ出したい心境。 (アナイス・ニンって、私にとって他人とは思えない特別な作家)

でも、やはり、逃げ出すことはできなくって。 ですから、アナイスの本がたくさんのコーナーとアナイスの眼差しを組み合わせたりして、集中力をたかめてみるのでございました。

あ。ここに、よい子のための名作『軽井沢夫人』があるのは、この小説のラストが「アナイス・ニンへの手紙」で終わっているからよ。

というわけで本日の言葉のプレゼントはアナイスから。

嘘の最悪なところは、孤独を創り出すことね

はい。自他ともに認める嘘つきな私には、傷口に塗りたくられたソルトのようにしみる言葉なのでございました。
だから、孤独孤独って騒ぐんじゃないわよ、ってことよね、
覚悟しなさいって。
そうなのね、アナイス。

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2016年3月 3日 (木)

*FB*笑わせてくれる人が好き

Img_2835 ごきげんよう。

今日はひな祭り。

邪気を祓う大切な日でございますから、私は桃の花をせっせと飾って、すっごくたまっていそうな邪気を、ぱあっとどこかに祓ってしまおうという、そんな魂胆で、一日を過ごそうと思うのでございました。

 

みなさまはいかがお過ごしでしょうか。

私は桃の花の蕾が開いてくるようすが好き。「あ、また笑った」ってかんじで、その変化を観察するのが好きなのでございます。

というわけで、本日の言葉のプレゼント、またオードリーからね。

笑わせてくれる人が大好き。

この世で一番すてきなことは笑うことだって本気で思います。

笑えば、たいがいのことは忘れられます。

たぶん、人として一番大切なことだと思います。

 オードリーはほんとうに笑いを大切にしていたのね。

だから笑い皺は彼女の誇りでもあったの。

私も、笑わせてくれる人が大好き。なかなか笑えないから。

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◆アナイス的生き方と桃の花

Img_2820 今週末は「アナイス・ニン研究会」にご招待いただいていて、しかも講演(というほどのものではないけど)をすることになっていて、私のなかにはアナイスがいっぱいなんだけど、それをどのように表現しようかと、毎日考えている。

アナイスに出逢って、アナイスの思考回路、アナイスの感情表現、身体の弱いところ、精神のゆらぎに苦しんでいるところ、芸術に生きたいと願っているところ、好奇心、男たちにたいする愛情、そのすべてが自分を見ているようで、それはほんとうに衝撃で。

私より前に生きた、そしてこんなに多くの人に愛されている作家が、私と同じように考え、悩み、悶え、自己探求を、ほかの人の本とかほかの人の経験を通して、ではなく、自分自身を通して行っていた。
そのことがどれほど私の救いになっただろう。
そしていまも。

私は私の周囲を、「よく見る」。
「よく見るといろんなことが見えます」って大好きな中田耕治先生がおっしゃったから。
よく見る。

するといろんなことが、ほんとうに見えてくる。
いまの私が身を置いている状況、環境は、すべて自分の選択によるものだ。
しかし、そこにアナイスが強く影響していることは明白すぎるほどに明白。
アナイスのように生きたい、と、そのように生きてきた結果が、現在なのだ。

手にしたものもあれば、手放したものもある。
でも、もしかしたらそれは手放したと思っただけであって、実際はそうではないのかもしれない。そう、かたちが変容しただけなのかもしれない。

このところ、愛を感じる人には惜しみなく愛を注いでしまったら? と自分に提案している。これ、恋愛に限らない。
愛を感じる、と思う人すべてに注いでしまったら?
たぶん私の愛は減らないから。どんなに注いでも、なくならないから。
こんなふうに思うときもある。明日はまったく逆のことを言っているかもしれないけど。

それでも、少しずつ、少しずつ、自分自身が変容していることを実感している。

10年前に私は何を考え何を愛しいと思っていたか。
20年前に私は何を考え何を愛しいと思っていたか。

桃の花が、こんなに愛しい。
今日2016年3月3日もほかの日と同じ、唯一無二の一日。

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2016年3月 1日 (火)

*FB*どんなふうに言うかも大切

Img_2805 ごきげんよう。

冷たい風にさらされたとき誰を思うかで、いろんなことがわかるわね。
夜のエントランス。
みなさまはいかがお過ごしでしょうか。

私はこのところオードリー・ヘップバーンとカンヅメ状態にありまして。

本日の言葉のプレゼント、オードリーからどうぞ。

すばらしい歌は歌詞だけではなく曲も大切でしょう。
だからあなたが何を言ったかだけではなく、
どのように言ったかが大切なの

彼女が息子たちに伝えた言葉でございます。

私に足りないものがここに。
何を言うかって、言葉だけに集中していると、曲を忘れてしまう。

私はやっぱり歌詞が重要だけど、ときには曲のことも考えみましょうか。
そんなふうに思ったのでございました。
写真は30歳のオードリー。

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