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2016年7月11日 (月)

◆アナイスと涙と

Fullsizerender アナイス・ニンについて、杉崎和子先生に質問ができる機会をいただいて、あらためて、先生がお書きになったアナイスについての文章を読む。

たいていは「訳者あとがき」なのだけれど、でも、これがすごい。
ずっと以前からそう思っていて、10年前に出版した『軽井沢夫人』にも明記してあるけれど、杉崎和子というひとの文章、その視線と表現力には、ほんとしびれる。
そして、私のアナイスは、翻訳という意味も含めて、そのほとんどが「杉崎和子のアナイス」なのだということを、再確認する。

今日は一日アナイスと向き合っていて、杉崎和子先生の文章と向き合っていて、なんども泣けてきた。ほら、いまだってまた涙が出てくる。この涙のわけがよくわからない。ここに書くことで、そのわけを知ることができるだろうか。

アナイス・ニンという、とてつもなく魅力的な人がこの世に存在したこと。 そのアナイスと出逢って、魅せられて、アナイスを日本に紹介することに尽力した人が存在すること。 そして私は彼女たちが、そして彼女たちをつつみこむように存在する中田耕治先生(アナイスをはじめて日本に紹介した作家)が、ほんとうに、好きなのだということ。
こんなに、心から、好きだ、と思えるものがあることに、もしかしたら、私は感動しているのだろうか。

日々の生活、日々の仕事。

なるべく嫌なことはしないように、そういう人生を選択してきたつもりでも、当然のことながら、生活のなかにも、そして仕事のなかにも、心の底から、両腕を思い切り広げて、「好き! 大好き!」と言えないことがある。わりと多い。残念なことに。

「嫌いではない。好きかも。そうね、見方を変えれば、わりと好きかも」。
そんな程度のことが多いように思う。

そんななかで、今日は、杉崎和子先生のアナイスに関する文章を3つ、思い立って、全文書き写してみた。写すという作業は、その人の息遣い、精神の流れを感じることができるから、私はとても好きな作業。
涙が何度も出てきたのは、この作業をしていたときのことだった。

時間にすれば数時間。その間、私は、一人きりの空間で、おそろしいほどの幸せのなかにいた。
そうだ、今、書いて気づいた。
私、幸せだったんだ。

なにひとつ、「それ違うよね」「ほんとはあんまり好きじゃないよね」という疑問が、なにひとつない感覚に包まれて、そのことがとても幸せだった。

もちろんその先には、「そしてあなたはどうするの?」がある。私も、書かなくては。人の心を動かすような、自分が存在していたという証を書き残したい。そういうものを書かなくては、書きたい。という想いがある。
その想いからあふれでる涙も、何パーセントかは、きっとあったはず。

アナイス。杉崎和子先生。中田耕治先生。

どんなものに感動し、どんなものに価値を見出し、どんなことに幸せを感じるか。
それこそひとそれぞれだ。
けれど、世界には、自分と似た価値観、感性で生きている人もいるはずで、私は、なるべくそういう人たちにつつまれて、人生の時間を過ごしたい。

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