■坂口安吾■

■安吾■「坂口安吾 百歳の異端児」 2006.11.10

51vtev2sbrl君は小説よりエッセーのほうがいいね。

何かにつけてこれを言われ、ああそうだとも、大体おれはジャンルの区別なんか問題にしていないんだと居直りながら、内心、安吾は傷ついていたと思う。

この人、小説家以外にわが身を分類したことなど一度たりとなかったろうから」

このような書き方は、惚れていたら、書けない。

私は、坂口安吾とピカソに対する熱烈なラブレター的な本なら書けるかもしれないが、彼らを分析することは、できない。

惚れた男であれば、そのすべてが愛しく見え、愛しく聞こえ、愛しく思えてしまう性質なので、とてもじゃないけど、できない。

この本は、一時期、坂口安吾に強烈な影響を受けた著者が、月日を経て、冷静に安吾文学、安吾の目指したものは何だったのか、について考察 したものだ。

興味深く読み……というのは、私が手放しで大好きな坂口安吾について、批判的な要素がふんだんに入っている本を読んだのは初めてだったから……、つくづく感じたのは、自分とこの著者のような人との決定的な違いだった。

著者は、たぶん、「作品」を評価の対象にする。それを作った人がどんな人であったかということは重要ではない。

文学に限らず、音楽にしても絵画にしても、これはおそらく「芸術」にふれるときの、正しいふれ方だ、と思う。

けれど、私はどうしても、もちろんとっかかりは「作品」だけれど、その「人」に興味がいってしまう。

それを作った「人」に。その人の思想、生き方というものに

そして、人が欠点というところも含めて激しく共鳴してしまうと、たいへんなことになる。耽溺してしまうのだ。

私は坂口安吾が、ペンを走らせ、原稿用紙の上にとどめた言葉の一言一句が、撫でたくなるほどに、好きだ。

早朝、車のフロントガラスや落葉が凍る季節になった軽井沢で、坂口安吾に対する愛を再確認。

■安吾■「欲望について」 2006.6.30

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「美しく多情」で「汚れを知らぬ少女のように可憐な娼婦マノン」の世界にひたって、すこしでもそのエッセンスをいただこうとの魂胆で読んだアベ・プレヴォーの「マノン・レスコー」。

あまりにも自分とは違うその姿に読後、絶望したけれど、よく考えてみれば、そもそもマノンは読書なんかしないのだった。汚れを知らぬ天性の娼婦。夢のなかで永遠に憧れることにしましょう。

この本を再読しようと思ったのは、久々に坂口安吾の「欲望について――ブレボーとラクロー」というエッセイを読んだからで、彼はとってもマノンが好きなのだった。

彼女には家庭とか貞操という観念がない。それを守ることが美徳であり、それを破ることが罪悪だという観念がないのである。マノンの欲するのは豪奢な陽気な日ごと日ごとで、陰鬱な生活に堪えられないだけなのである

マノンにとって「媚態は徳性」で「勤労」ですらあった。そして、そこから「当然の所得」を得る、これ、マノンにとっては至極当たり前のこと。

坂口安吾は、「結婚もしないうちから、家庭だの女房の暗さに絶望し、娼婦(マノンのような)魅力を考え、なぜそれが悪徳なのか疑わねばならないようなたちだった」のだそうだ。

多くの人がほとんど疑うことなく従っている習慣や道徳に対する強烈や違和感。それをもち続けた安吾が、マノン大好き、というのは、とっても納得できる。そして晩年に彼が結婚した相手、三千代さんもどこかマノンのように、私には思える。

■安吾■「ただの文学」 2010.2.5

51vk97smxxl__sl500_sy344_bo12042032ここ一週間の夜の恋人は坂口安吾。

と言っただけで親しい何人かの人は「そっか。彼女は自信満々バリバリモードとは程遠い、クライシスワールドにいるのか」と思うはず。そういう人がいることがすごく幸せなのだと感じられるところまで、いまきている。

昨夜は「ただの文学」というエッセイを読んで、文庫本を抱きしめてしまった。比喩ではなく、ほんとに抱きしめた。そうよね、そうよ、だいすき、あんご。

内容は、歴史文学ってものはあるのか? じゃあそれに対抗する文学ってなんだ? 僕には意味不明な分類だ、といったことからはじまって、安吾節が炸裂する。

いわゆる歴史文学で言われがちな、「どれほど真実に近いか」という問題について。

たとえば「小野小町」。どの小野小町に似る必要もない、「どこにもほんとの小野小町はいやしない」。だから、「何人の小野小町が存在してもかまわないし、存在することができさえすれば、文学として、それでいいのではないか」と言う。

そして自分が自伝的小説を書いても、同じことが言える、と言う。実際に在りのままを書いているけれども、だから「真実」であるとは「僕自身言うことができぬ」。

「なぜなら、僕自身の生活は、あの同じ生活の時においても、書かれたものの何千倍何万倍とあり、つまり何万分の一を選びだしたのだからである。

選ぶということには、同時に捨てられた真実があるということを意味し、僕は嘘は書かなかったが、選んだという事柄のうちには、すでに嘘をついていることを意味する

(これって日常生活のなかで私が常に感じていること)

嘘と真実に関する限り、結局、ほんとうの真実などというものはなく、歴史も現代もありはしない。

自分の観点が確立し、スタイルが確立していれば、とにかく、小説的実在となりうるだけだ、文学は各人各説で、理屈はどうでも構わないのだ」

安吾を読んでいると、なんて精神が自由な人なのだろう、と思う。胸が熱くなる。憧れ、少しでも近づきたいと願う。

あいもかわらず、ぜんぜん自由じゃないじゃん、と自分でつっこみたい精神をもてあまして、さらに、人との距離感に臆病なまま結局、慎重すぎて失敗したり、そんななかでも優しくて愛しい色彩に心なぐさめられて、昼間でも氷点下の軽井沢で、今日もひとり奮闘している。

■安吾■「たたかっている気分」 2010.2.10

_s_気持ちが悪いほどに暖かな一日だった昨日の早朝の気温は6度。ラジオによると、軽井沢の場合、これは5月上旬の気温なのだそうだ。5月上旬といえば自分が生まれた季節で、でも、ああ、こんなに寒いんだ、5月上旬って。と軽井沢の5月上旬を暗く感じてどこかに逃げたくなってしまった。

そんな夜に、枕もとの坂口安吾。またしても発見があった。

「作家論について」というエッセイで短いのだけど、ぎゅっと美味しさが凝縮されているような名エッセイだと思う。(もう好きで好きでしょうがないひとだから、どんなのでも抱きしめたくなる状態なのだが)。

安吾は「他人の伝記を書く」ことについて、「自分を表現するために、なぜ他人の一生をかりるか。文学の謎のひとつが、ここにも在ると思う」

分厚い全集をぱらぱらっと繰って、読み始めたところにあった一文だったから、安吾が迷える子羊(少々年齢がいっていしまっているが)状態の私に、アドヴァイスをくれたのかと、一瞬本気で思ってしまった。

聞いたこともない安吾の声が私の耳にそっと、けれど力強くささやく。

「僕は、できるだけ自分を限定の外に置き、多くの真実を発見し、自分自身を創りたいために、要するに僕自身の表現に他ならぬ小説を、他人の一生をかりて書きつづけようと思っている」

この部分、なんども繰り返して読んで、眠りに落ちたのだが、いま、これを書くためにちゃんと読み返したら、ラストのところに次のような文章があった。

「さて、僕は本題の作家論を言い忘れたが、小説の場合に自伝とか他人の伝記とかいうものがあるとすれば、評論家にとって、作家論というものは、小説家が他人の伝記を書くことと同じようなものではあるまいか。
もしそうだったら、作家論というものも、他人をかりて、自分を発見し、とりだすための便宜上の一法であろうと思う。
ただ作家の姿を探すというだけの労作なら、創作集の無駄な序文のようなものだ」

I
読んだ瞬間に、これまた敬愛する中田耕治の『五木寛之論』を思い出した。

ここには「自分の発見」が色濃く流れていた。だから好きだった。夢中で読んだ。

今、私も自分を創作し、考え、生きるということを塗りこめながら、他人の一生を借りて書く。

それにしてもほんとに孤独というのは、なんともいいいがたいほどに、試練。

外は霧が深くたちこめて私を誘うから、窓に背を向けて仕事をする。

■安吾■「自分だけのもの」 2013.11.9

Images278jvrld「ほんとうに人の心を動かすものは、毒に当てられた奴、罰の当たった奴でなければ書けないものだ。(略)

生きている奴は何をしでかすかわからない、何も分からず、何も見えない、手探りでうろつき廻り、悲願をこめギリギリのところを這いまわっている罰当りには、物の必然などはいっこうに見えないけれども、自分だけのものが見える。

自分だけのものが見えるから、それがまた万人のものとなる。芸術とはそういうものだ」

久しぶりに坂口安吾。これは「教祖の文学」から。

なにか心を撫でられた感じがするな。

私が経験しているいろんなことは、自分だけのものを見るためにあるのかもしれない。
だとしたら、そういう自分を、人生を、ひきうけなければ。

安吾のこのエッセイには宮沢賢治の「眼にて言ふ」という遺稿が紹介されている。胸うたれる詩だ。

***

だめでせう
とまりませんな
がぶがぶ湧いているですからな
ゆふべからねむらず
血もでつづけなもんですから
そこらは青くしんしんとして
どうも間もなく死にさうで
けれどもなんといい風邪でせう
もう清明が近いので
もみぢの若芽と毛のやうな花に
秋草のやうな波を立て
あんなに青空から
もりあがって湧くやうに
きれいな風がくるですな
あなたは医学会のお帰りか何かは判りませんが
黒いフロックコートを召して
こんなに本気にいろいろ手あてもしていただければ
これで死んでもまづは文句もありません
血がでているにかかはらず
こんなにのんきで苦しくないのは
魂魄なかばからだをはなれたのですかな
ただどうも血のために
それを言へないのがひどいです
あなたの方から見たら
ずいぶんさんたんたるけしきでせうが
わたくしから見えるのは
やっぱりきれいな青空と
すきとほった風ばかりです

***

死に際して、血を吐きながらきれいな青空と透き通った風を見る賢治。そしてそれに感動する安吾。

私はふたりのそれぞれの心の動きを想像する。

するとたまらなく愛しくなる。

人間に対する希望がすこし感じられる瞬間。

■安吾■「山本耀司と坂口安吾」 2013.9.13

Img_20130913_083339「ファッションというのは物書きでさえ書けない、言葉にできないものを形にする最先端の表現だと思っています。だからどんなに知性があってもファッションをばかにしている人は信用できない。たとえ評論家や建築家であってもです。着ている服でその人が本物かどうかわかります」

「服を作る~モードを超えて」(山本耀司 宮智泉(聞き手))を読んだ。

1943年生まれ。この本を読んでびっくりしたのは、坂口安吾、中島みゆき、ヴィム・ヴェンダース、ピナ・バウシュなど、彼が好きな人たちとして名前を出す表現者、そのほとんど私も好きだったことだ。

彼の坂口安吾に対する想いは深く、20年以上前、欧米のジャーナリストに自分のことを言葉で伝えようとしたとき、坂口安吾の「堕落論」と「日本文化私観」を英訳して読んでもらったくらい。

自分のことを伝えるときに坂口安吾の作品を使う。

これは、そうとう作家を愛し、自分の心の奥に共鳴するものをもっていなければできないことだろう。

私はいちおう物書きだからしないけれど、もし違う形で何かを表現することをしていたら、山本耀司と同じように坂口安吾を使うだろう、それから大庭みな子、アナイス・ニン。

山本耀司は言う。

「彼の作品には、表現者である以上、インモラルなことに対しても深入りしないと、見えるものも見えないと書いてあった。僕が当時、思い悩んでいたことが、何の恥じらいもなく書いてあったんです。生きた時代は違うけれど、芸術とか文化は時代に関係なくつながるところがある。自分が考えていたことが言葉になっていた」

「作家の坂口安吾の言葉を借りれば「それを表現しないと、死ぬしかない」というくらい追い詰められているのか、という自分への問いかけが作家にないと、本当にいい表現はできない」

「服作りに対する思いはまったく衰えることがありません。坂口安吾ではないけれど、命と引き換えにものを作っている。自分のさだめに自分を捧げている。そういう風に決めてしまえば楽です」

と坂口安吾がちらほら登場する。

そう、坂口安吾は「命がけ」の人だった。

私は最近もある編集者さんにお話したのだけれど、今書いている本が最後になってもいいの? と自問し、いいよ、と答えられる本を書きたいと思っている。

100パーセントなんて奇跡なので、70パーセントその状態であれば幸せだ。

一冊だけ100パーセントのときがあった。
あのときは、どうかこれを書き終えるまでは死にませんように、と祈るように毎日を生きた。
一生に一度そんなのがあればじゅうぶんと思うか思わないか。

現実は厳しい。
その厳しいなかで、いったいどのくらい自分の信念に近いことをしてゆけるのか、命と引き換えにしてもよい、と思えることをどのくらいできるのか、私の人生の幸福はそういうところにある。

山本耀司の服が着たくなった。まだ、似合わないかな。似合うときはくるのかな。

■安吾■「なるべく多くの魂につながりたい」 2013.11.26

Darakuronようやく原稿がのってきた。休憩タイムに坂口安吾を読む。ぼろぼろになった『堕落論』。今日は「大阪からの反逆」のなかに響く文章があった。

好きな言葉だから以前に書いたことがあるかもしれない。

「我々が知らなければならぬことは、身の上話のつまらなさではなく、身の上話を語りたがる人の心の切なさであり、あらゆる人が、その人なりにいきているおのおのの切なさと、その切なさが我々の読者となったとき、我々の小説の中に彼らがそのおのおのの影を追うことの素朴なつながりについてである」

好きだなあ、安吾。

続けて「なるべく多くの魂につながりたい」という言葉もある。

縁あって出会った人たち。私と会ったことで嫌な想いをする人もいるし、また、何かを得たと言ってくれる人もいる。私に会いたいと言ってくれる人たちと私はつながりたいと願う。

本もそうだ。

会ったことはないけれど、私の本に、強く共鳴してくれる人がいたなら、きっと私とその人の魂はつながっている。そう信じて書き続ける。

■安吾■「ただ、負けないのだ」 2007.10.3

苦しくなったときの安吾サマ。

じわじわと染みてくる。「不良少年とキリスト」から。

しかし、生きていると、疲れるね。かく言う私も、時に、無に帰そうと思う時が、あるですよ。

 

戦いぬく、言うはやすく、疲れるね。しかし、度胸はきめている。是が非でも、生きる時間を、生きぬくよ。そして、戦うよ。

 

決して、負けぬ。負けぬとは、戦う、ということです。それ以外に、勝負など、ありやせぬ。

 

戦っていれば、負けないのです。決して、勝てないのです。人間は、決して、勝ちません、ただ、負けないのだ」

ああ。まるで、耳元で囁かれているようで(妄想は得意)、慰められた。

望む方向に、気持ちが一歩踏み出せたかんじがして嬉しい。と思いこもう、そうしよう。

ほんとに、すべては自分の心の状態なんだから。心の状態で周囲が、周囲の彼らは実際変わらなくても、私にとっては変わって感じられるのだから。

気持ちよく人生を送るための秘訣みたいなかんじで、よく「期待しないこと」というのが挙げられるけれど、私はそれに賛成しながらも、そうなりたくない。

だって、淋しくてやりきれない。

苦しみの要因でもあり、悦びの要因でもある「熱」がそこにはないから、どうしても嫌。

■安吾■「愛を再確認」 2006.11.10

Images20iekkei「坂口安吾 百歳の異端児」(出口裕弘著)を読んだ。

「君は小説よりエッセーのほうがいいね。何かにつけてこれを言われ、ああそうだとも、大体おれはジャンルの区別なんか問題にしていないんだと居直りながら、内心、安吾は傷ついていたと思う。この人、“小説家”以外にわが身を分類したことなど一度たりとなかったろうから」

このような書き方は、惚れていたら、無理。

私は坂口安吾(とピカソ)に対する熱烈なラブレター的な本なら書けるかもしれないけれど、彼らを分析することはできない。

惚れた男であれば、そのすべてが愛しく見え、愛しく聞こえ、愛しく思えてしまう性質なので、とてもじゃないけど、できない。

この本は、一時期坂口安吾に強烈な影響を受けた著者が月日を経て、冷静に安吾文学、安吾の目指したものは何だったのか、について考察したものだ。

興味深く読んだ、という意味は、私が手ばなしで大好きな坂口安吾について、批判的な要素がふんだんに入っている本を読んだのははじめてだったから。

つくづく感じたのは、自分とこの著者のような人との決定的な違いだった。

著者はたぶん「作品」を評価の対象にする。それを作った人がどんな人であったかということは重要ではない。文学に限らず、音楽にしても絵画にしても、これはおそらく「芸術」にふれるときの、ある種正しいふれ方だと思う。

けれど、私はどうしても、もちろんとっかかりは「作品」だけれど、その「人」に興味がいってしまう。それを作った「人」に。その人の思想、生き方というものに。

そして、人が欠点というところも含めて激しく共鳴してしまうと、たいへんなことになる。耽溺してしまうのだ。

私は坂口安吾がペンを走らせ、原稿用紙の上にとどめた言葉の一言一句が、撫でたくなるほどに、好きだ。

早朝、車のフロントガラスや落葉が凍る季節になった軽井沢で、坂口安吾に対する愛を再確認。

■安吾■「青鬼の褌を洗う女」 2006.7.3

「彼の魂は孤独だから、彼の魂は冷酷なのだ」

「彼は私をまた現実をほんとに愛しているのじゃなくて、彼の観念の生活の中の私はていのよいオモチャの一つであるにすぎない」

「すべてが、なんて退屈だろう。然し、なぜ、こんなに、なつかしいのだろう」

安吾が三千代夫人をモデルに書いた小説。

人間って、愛だの恋だのいっても、所詮はやはりこんなもの、いいかげんなもの、そして自分勝手なもの。

けれど、相手が今この瞬間、ここにいることが心地よい、とか、相手に去られることが不安、という気持ちも、たしかに持ち合わせてしまっていて、だからいろいろとやっかい、そんなことがこの小説にはあるように思えて、私は好きなのだ。