■中田耕治■

■中田耕治■「エロス言論」 2006.7.24

_er_人は自分を他人から、一般の人たちから区別する力をもたなければ!」

ロレンスの「恋する女たち」の登場人物のセリフ。昨夜眠る前に突然このセリフが頭に浮かんで、どこで拾ったのだったかと朝一番で調べたら、この本だった。

ヘンリー・ミラー、アナイス・ニン、ロレンスについて語られている、私にとっては宝箱のような本。以前はアナイス・ニンがどのように語られているのか興味があって読んだが、今回はロレンスの章を熟読。

「ロレンスの生涯を決定した出会いは、フリーダとの恋だったことは、あまりにも有名である」。ロレンスの友人、オルダス・ハックリーも言っている。「ロレンスの唯一の深い永続的な人間関係は妻とだけであった」と。

ロレンス自身も言う。「ぼくの愛する女は、未知の世界とぼくを直接の交渉に置くような気がする。その未知の世界では、愛する女がないと、ぼくは道を迷ってしまう」。

26歳でフリーダに会い、44歳で亡くなっているので18年か……。すぐ計算をして、この年月を「ものすごく長い、ありえない」と見るか、「ぎりぎりいけそうな年数だ」と見るか。

関係性は必ず変化するものだから、18年の間に、ロレンスとフリーダの関係がどのように変化したのかが知りたい。情熱恋愛期間は10年以内だったかどうか、とても知りたい。

■中田耕治■「あなたにとってのゆりかごは」 2010.11.17

_9_
敬愛する中田耕治先生の「文学講座」、月に一度の数時間は、いまの私にとってこのうえなく重要な時間となっている。

先生のお話はひとことも聞きもらしたくないと思うからメモもとれない。
テキストはあるけれど、先生は原稿なしでお話をする。
あらかじめ紙に用意された言葉と、その時間その場所で生まれた言葉との違いを、いつも思い知らされる。私のトークなどあまりに薄っぺらい。

今月は「吉行淳之介」だった。メモもとれない、と言ったばかりだけれど、あまりにも強烈に突き刺さってきて、ペンを走らせてしまった。吉行淳之介について先生がおっしゃった言葉。

一種の極限状態を生きなければならなかった文学者

もうひとつ。

文学的生命をかけてのノン

強烈なのに、刺激的なのに、自分の怠慢さを指摘されているというのに、不思議と私はゆりかごを思った。

泣きそうになってしまった。

土曜の午後の吉祥寺。あまやかでなつかしい体験だった。

あなたにとって、ゆりかごのイメージはどんなですか。たずねてまわりたい気分。

作家中田耕治のサイトはこちら。

■中田耕治■「誘惑」 2010.10.15

Yuどんな男でも、その胸のなかには、自分との関係で、すべての女たちと違った一人の女のための場所をとってあるものだ

性愛を描いて、なけるほどに生をうたえる作家はとても少ないと私は思う。「誘惑」を読んで、私は涙を流さずに泣いた。

そこに人間の美しき多様性があり、かなしさ、いとしさがしずかに、淡々と描かれていて、淡々としているのに、とても熱く叫んでいるように、感じられたから。

そして私は、私も、自分のうちにわきおこり、育ちつつある奇跡の物語を書きたいとほとんど祈るように思った。ずいぶん時間がかかるかもしれないけれど、いつかきっと、書く。

いくつもあるなかで、とくに残った一文をもうひとつ。

何かを見つめるということは、このうえなく孤独な行為のような気がした

最近、私は何を見つめただろう。

息をつめて、すべてを瞳のうちに吸収してしまいたいと願うほどに見つめたものは何だろう。

秋の朝陽が、まだ色の変わらない木々の葉をつきぬけるように洩れて、少しだけ開いた窓からは澄んだ空気がすうっと入り込んで、部屋には「THE HOURS」のサントラが流れて、一日が始まろうとしている。

■中田耕治■「ルイ・ジュヴェとその時代」 2010.8.4

3534_22000枚を越す大著だから、たとえば『ココ・シャネルという生き方』のざっと10冊分。2週間かけて一冊の本を読み続けたのは初めてだ。

いまは自分の仕事もけっこう忙しいから昼間読むことを厳禁、夜だけにしたから日にちがかかったのだが、私がこういう読み方をすることはあまりないから家族の関心を引いたようだ。

もちろん分厚い本を読むことだってあるけれど、それは資料のためだったりするから、欲しいところだけを拾って読む。だからどんなにかかっても数日の命。

まだ半分? お、ようやく終わりそうだな。

そんな声をかけられた。

そして昨夜終わってしまった。

一九五一年八月十六日午後八時十五分、ジュヴェは死んだ。享年六十三歳

ここで私はこみあげてきてしまった。ルイ・ジュヴェという人の生きる姿勢、芝居にかける情熱、女性をふくめて周囲の人たちへそそぐまなざし。

それとじっくりと寄り添ってきたから、読みはじめたころはぜんぜん知らない人だったのに、いつの間にか、こんなに身近になって、60年も遅れて、ジュヴェの死を悼んだ。

「ジュヴェの墓はモンマルトル墓地、薄幸の『椿姫』アルフォンシーヌ・プレッシイの、今は荒れ果てて見るかげもない墓のすぐ裏側にある。ジュヴェは夫人のエルズ、ふたりの間に生まれたジャン・ポール夫妻とともに眠っている」

いつか行って、ジュヴェが好きそうな花を選んで供えたいと思った。

なんて、ちょっと真面目に感動してもいるのだが、読んでいる途中どうしてもジュヴェが観たくなって『女だけの都』を購入してしまった。そしてジュヴェの色気にふらふらに……。

Images唐突だけど、ジェラール・フィリップとはぜんぜん違った色気がある。ふたりが私の前に立ったらどっちを選べばいいの。と妄想が。

もっとジュヴェを観たくて続けて『北ホテル』購入。これは今の仕事がひと段落したら観るつもり。それまで我慢。

それにしても中田耕治の、ルイ・ジュヴェへの想いには胸を強く打たれた。そしてあらゆるところで見られる、するどい視線に何度も立ち止まった。ページが何箇所も折られ、たくさんラインが引かれている。

たとえば、ジュヴェの恋人であった女優マドレーヌの恋に対しての視線。

相手こそ変わったが、その恋は本質には変わってはいない。

 

いつも、演劇、映画でめぐりあった才能のある男性に接近して、自分でも気がついたときには恋をしていた。

どの恋にしてもおなじくらいの真実で、長続きがするはずだった。しかし、マドレーヌの恋は続かない。
彼女にとっての恋とは自分よりすぐれた相手に自分を結びつけようとする願いに過ぎない。それが首尾よく男と女の性という磁場で果たされたとき、消えるのが当然といったものだった。

ただ、いつもその願いがひとすじに相手に向けられるだけに、自分でも純粋な恋をしていると思い込む」

どうだろう。私は純粋な恋をしていると思い込めるのかな。

ようやくちょっと言葉が自分のなかに戻ってきてほっとしている。軽井沢はハイシーズンを迎えているようで、外出をほとんどしないから私は家族の送迎時、駅方面しか知らないけれど、かなり混雑している。

■安吾■「たたかっている気分」 2010.2.10

_s_気持ちが悪いほどに暖かな一日だった昨日の早朝の気温は6度。ラジオによると、軽井沢の場合、これは5月上旬の気温なのだそうだ。5月上旬といえば自分が生まれた季節で、でも、ああ、こんなに寒いんだ、5月上旬って。と軽井沢の5月上旬を暗く感じてどこかに逃げたくなってしまった。

そんな夜に、枕もとの坂口安吾。またしても発見があった。

「作家論について」というエッセイで短いのだけど、ぎゅっと美味しさが凝縮されているような名エッセイだと思う。(もう好きで好きでしょうがないひとだから、どんなのでも抱きしめたくなる状態なのだが)。

安吾は「他人の伝記を書く」ことについて、「自分を表現するために、なぜ他人の一生をかりるか。文学の謎のひとつが、ここにも在ると思う」

分厚い全集をぱらぱらっと繰って、読み始めたところにあった一文だったから、安吾が迷える子羊(少々年齢がいっていしまっているが)状態の私に、アドヴァイスをくれたのかと、一瞬本気で思ってしまった。

聞いたこともない安吾の声が私の耳にそっと、けれど力強くささやく。

「僕は、できるだけ自分を限定の外に置き、多くの真実を発見し、自分自身を創りたいために、要するに僕自身の表現に他ならぬ小説を、他人の一生をかりて書きつづけようと思っている」

この部分、なんども繰り返して読んで、眠りに落ちたのだが、いま、これを書くためにちゃんと読み返したら、ラストのところに次のような文章があった。

「さて、僕は本題の作家論を言い忘れたが、小説の場合に自伝とか他人の伝記とかいうものがあるとすれば、評論家にとって、作家論というものは、小説家が他人の伝記を書くことと同じようなものではあるまいか。
もしそうだったら、作家論というものも、他人をかりて、自分を発見し、とりだすための便宜上の一法であろうと思う。
ただ作家の姿を探すというだけの労作なら、創作集の無駄な序文のようなものだ」

I
読んだ瞬間に、これまた敬愛する中田耕治の『五木寛之論』を思い出した。

ここには「自分の発見」が色濃く流れていた。だから好きだった。夢中で読んだ。

今、私も自分を創作し、考え、生きるということを塗りこめながら、他人の一生を借りて書く。

それにしてもほんとに孤独というのは、なんともいいいがたいほどに、試練。

外は霧が深くたちこめて私を誘うから、窓に背を向けて仕事をする。

■中田耕治■「吉行淳之介の言葉」 2007.11.7

Es__『エロス幻論』。

「人間には、芸術に無縁の人種と、芸術によってしか生きてゆけぬ人種とある。

前者は決して悩まず、うしろを振返ってみることなく、ダイヤモンドのように頑丈な心を持った人たちである。
後者は、そういう人種を軽蔑すると同時に、そういう人種になりたい憧れを持っている人たちだ。
しかし、いくらあこがれても決してそのようにはなれず、ぶつかり合えば、傷つくのは必ず後者であるが、傷つくことを最後には芸術のための肥料にする強靭さは持っている

これは吉行淳之介の言葉。「トニオ・クレーゲル」の一節を彼自身の言葉で紹介した箇所だという。

昨日、久しぶりに会った方と同じ言語で3時間以上おしゃべりをして、内容が似通っていたので、彼女に紹介したかったけれど、どこで読んだか忘れていて言えなかった。

それをいま突然に思い出し、読み返して、ラストの1行の重要さを再発見。

■中田耕治■「エロス幻論」 2009.12.10

_e_「何なのでしょうか? ごくふつうの日常の恋愛とはまるで違ったもので、そういう恋愛はすぐに限界がきてしまいます。
自由と、限界のない可能性と、そのなかにある生命が私たちを結びつけたのでした。私たちの貧しさのなかで、ありとあらゆるものとともに世界のすべてが私たちのものでした。

毎日毎日ただ存在するだけではなく、瞬間瞬間に生きることでした。そうしたことのすべてが新しい経験だったのです。

死を背景にしていたからこそ、すべてのことはいっそう生き生きとしていました。
私たち、死ななければなりません。そうして、いかなる空間も死を拭い去ることはできないのです」

なんども読んでいる「エロス幻論」から。

ロレンスとフリーダ。決定的な出逢いにフリーダは「3人の子供と大学教授の夫」よりもロレンスと生きることを選んだ。そしてロレンスは、ただひたすらに、書いた。

冒頭に引用したのは、フリーダの文章。
ふたりがどのような関係だったのかが短い文章のなかに満ちている。なんて美しいのだろう、と落涙する。

そして、あらためて中田耕治の感性に共鳴する。どのように書くのか、だけではない、どこを引用するのか。これも表現者としての感性を曝け出す作業だ。

そして冒頭のフリーダの文章を引用した後、中田耕治は次のように書く。

「ロレンスとフリーダの生活の伝記的な事実についてはここではふれる余裕がない。しかしこのフリーダの美しい言葉がある以上、そうした知識もさして必要がないといえる」

彼の、こういうところがだいすき。それにしても。

「自由と、限界のない可能性と、そのなかにある生命が私たちを結びつけたのでした」そして、「毎日毎日ただ存在するだけではなく、瞬間瞬間に生きることでした」

この部分に、ここまでつよく感応するのはなぜか。中田耕治が言うように、フリーダの言葉が「美しい」のであり、私も「なんて美しいのだろう、と落涙する」ならば、私は今、人生の美しい季節を生きているのかもしれない。

けれど美なるものは、残酷でもあるから。

朝の、マイナスの、頬を切るような空気のなか、森のなかに入って車を降りてみる。しばらくそこにたたずんでいて、からだがすっきり冷え切って、いつまでこういうことをするんだ私は、と本気で自分に呆れながら帰宅し、暖かな部屋に迎えられて飲んだ珈琲はとても美味しかった。