■■アナイス・ニン■■

■絶対的な幸福■2014.2.19

An_3「相対的な幸福で満足するべきなのだろうが、私は絶対が欲しい。絶対的な幸福を諦められない」

ページを開けばそこにほとんど必ず、自分の言葉を聞くことができる、アナイス・ニンの日記。『インセスト』からの言葉。

低空飛行が続く日常のなかに花を置いてみる。

ピンクの濃淡で作った花束は、2日前に買った。

たぶん、私は、たいせつな人の笑顔がそこにあり、それを自分がしっかりと受けとめられたとき、絶対的な幸福を体験する。

■アナイス・ニンでいっぱい■2013.12.20

Ana

2013年の12月8日はアナイスにどっぷりと浸った一日だった。

それ以前から、さまざまなアナイスの本を読んでいたのだけれど、その日の朝、とあるカフェで『インセスト』を、適当にぱらりと開いたら、こんなフレーズが。

***
生に向き合うとき、私たちはいつも私たちの二面性を恐れながら、それを大いに必要としている。
***

二面性。
私、二面性どころではないな、と思う。

そしてアナイスもきっとそう。

確信に近いくらいにそう思う。多面すぎて、自分でも混乱しているのだと思う。

それにしても。強いときにはとことん強くなるアナイスが好き。弱いときには、とっても弱くなるアナイスが好き。

***
私が欺いているのは男たちではなく、私の要求を叶えてくれない生そのものだということも、はっきりした。

私は私の嘘を、勇気を持って、諷刺をこめて、二重にも三重にも生きる。そうしなければ、私が抱えている愛を使いきれないからだ。

今、私にはあり余る愛がある。その愛すべてを独り占めしたい男はいないはずだ。そんなにもらっても応えきれないのだから。
***

読みすぎて、ページの端を折っているところのほうが多くなりそう。

今朝の雨はとても気持ちがよかった。もっと降れ、と窓を開けて長い間、雨を眺めていた。マンションの半年にもおよぶ修繕工事がようやく終わりそうで、シートがとりはらわれて、そうしてようやく外の景色が眺められるようになると、以前は、なんとも思っていなかった景色が、とてもありがたく思えてくる。

私は、いったんシートで覆われないと、景色のありがたさがわからないような、そんな人間なのでした。

■■病気に溺れるしかない、と彼は言う■■2013.10.3

Img_20131002_220021人が自分で呼びよせる病気と、人が屈してしまう病気とを僕は区別する

そして僕は、自分で呼びよせた病気を抱えたきみをそっとしておきたかった」


「病気なら病気を楽しめばいい。

しばらく一人になるために病気になることだってある。

そうやって体は頭を支配しているんだ。

こういうのは頭でどうあがいても解決できない問題だ」


自分自身の時間の流れ、精神の色彩を守るために、書棚にすがるようにして、アナイスでいっぱいの本を取り出す。

夜はすがるように本を貪り読む。

ヘンリー・ミラーとアナイス・ニンの往復書簡があり、何度も読み返す。


上に書いたのは、ヘンリーがアナイスに宛てた手紙から。

ヘンリーがこのような手紙を書いたのには理由がある。


まず、アナイスは、ヘンリーに会っていきなり

「私、病気なの。しばらく一人になって休みたい」

と言った。


ヘンリーはその通りにした。ようするに、距離を置いて少し話をし、肉体のふれあいをしないまま帰ってきたわけだ。


それに対してアナイスは愛がないとヘンリーをせめた。

ヘンリーはそれに対する長い手紙を書いた。

たしかに。

ヘンリー・ミラーの手紙には、アナイス・ニンを芸術家として尊敬していなければならない言葉が並んでいて、そして真実を言っていると思う。


けれど、私はアナイスの気持ちが痛いくらい。

芸術家として育てて欲しい気持ちだってあるけど、そんなのどうでもよくって、理性とかそんなのと遠いところでのがむしゃらさを欲するときだってある。


そういうことなのだと思う。

ヘンリーにはわからないだろうなそんなアナイスの気持ちは。


ヘンリーはこんなことも手紙に書いている。


誰にも、愛する人にも助けてもらえないときというのがあるのだ。

一人になるしかない。

病気であるしかなく、病気に溺れるしかない。

魂がそれを必要としているのだ

これを愛する人から言われるのは苛酷。


こんなにあらゆる意味で頑丈なヘンリー・ミラーと長く関係を続けられたアナイスはやはり、強かった。

それも凡庸なかんじの強さではない。

なんだろう……、一番近いかんじなのは「しなやかな強さ」かな。

攻撃的な強さではなく。


頑丈な強さにも、そして弱い精神にも対応できるのは「しなやかな強さ」だと思う。

アナイスは周囲の頑丈な男も弱い男も助けてきた、そんな存在だった。


しなやかなる強さは、もともと生まれもったものなのだろうか、それとも経験で得られるものなのだろうか。


私はいったい何年生きればしなやかなる強さの片鱗でも身につけられるのか。

秋のくせに蒸している、こんな日は嫌い。

■■アナイスの落ちこみを抱きしめる■■2012.11.19

Aアナイスにすがり、ここから脱出したい、という精神状態。

今回はアナイスの落ちこみ方に激しく共鳴。

 

***

 

このところ精神状態がおかしかった。

病的に、何かに憑かれ、何かを気にしている。

いつも、取るに足らない何かで、傷ついている。

自分を解放できないでいる。

みんなが私を馬鹿にしている、私を気にもかけない、誤解している、と思う。

 

そういう小さな不満を溜め込んで、褒められたことや、人に勝るものを忘れている。

小さな屈辱にあうと、それが一日を台無しにする

 

(略)

 

さんざんに傷つき、疲れてヒューゴー(←夫です)の許に帰ってくる。

自分のだらしなさが、やりきれない。

それでも仕事を始める。

もうルヴシエンヌ(←パリ郊外の町。アナイスが暮らす場所)から出て行きたくない。

難しく、辛いことばかり多い世間を捨てて、独りで暮らしていきたい。

 

***

 

自分が書いたのかと思っちゃった。アナイス。あなたと同じ時代、同じ国に生まれたかった。心が痛むほどにそう思う。

 

 

 メイ・サートンは「喪失はすべてを鋭利(シャープ)にする」って言ったけど、私は「悲しみがすべてをシャープにする」。


喪失と悲しみ、おんなじようなことかな。

ちょっとちがうな。

メイ・サートンのほうが具体的。


ああ。それにしてもこんなに悲しみに覆われてしまうと全身の皮膚が細胞が、あらゆる刺激に敏感になって涙腺を刺激する。それでもまだ、だいじょうぶ、なはず。

 

■新川和江とアダムとイヴ■2012.9.21

S安易に作られた感のある、とある名言集に目を通していたら、ボーヴォワールの言葉に出くわした。


要するにアダムなんて単なる試作品よ。

イヴを創ってはじめて神は人間というものを完成させたのよ


煮詰まっていたときだったから笑いたい願望があったのだろうか、ぶっと吹きだしてしまった。


ボーヴォワールって、やっぱり面白い。


私のアナイス・ニンをめちゃくちゃ嫌っていただけのことはある。


彼女は、アナイスの「女」というものについての考え方に、立腹していた。

アナイスは「私は人間である前に女よ」なんてことを言っていたから。


それにしても、同じアダムとイヴを出すにしても、すごい違いがあるな、と思う。



イヴのからだが 

 

アダムの肋ら骨でつくられたのなら

 

わたしはあなたの肋ら骨だ

 

わたしのすべては あなたのものだ

 

百千のおとこの中から

 

わたしが見つけた ふるさとあなた

(新川和江「婚姻」より)


これは『恋に溺れて女になる』の最後に、入れた。

私はやっぱりこっちのほうがいい。

瞬間的なものであっても、こんなことを感じられるのなら……アナイス風に言えば、「悪魔にだって魂を売るわ」ってとこかな。


創作と創作の間の、いくつもの企画が頭のなかで渦巻いているシーズン。

机の上が乱雑になる。

◎サルトルとボーヴォワール 哲学と愛◎2012.2.21

Story_i1もうかなり時が経ってしまったけれど、ある平日の午後、渋谷のユーロスペースに『サルトルとボーヴォワール』を観に出かけた。


サルトルとボーヴォワールについては、ずっと前に青春出版社から出した恋愛本『いい男と出会えていないあなたへ』で、ずいぶん力を入れて書いた。(この本には、他にピアフと、与謝野晶子にエナジーを注いでいる)。


その時点では、私はサルトルとボーヴォワールの「必然の愛」「偶然の愛」の思想に共鳴していた。


これはサルトルの提案で、ようするに、僕たちの愛は「必然」、だけど二人とも作家なのだから「偶然の愛」(これは浮気ではなく、恋愛)も知る必要がある。そして偶然の愛についてお互いに報告し合おう、というもの。


それからときが経ち、私はアナイス・ニンの虜になった。アナイスと同化してしまい、すこしおかしくなるくらいに、……なってしまったときもあった。


そしてアナイスはボーヴォワールの天敵。


みんなから「あなたの代表作!」となぜか決めつけられる『軽井沢夫人』のラストでも書いたけれど、ボーヴォワールは「アナイスのあの女らしさの概念にはめちゃくちゃ頭にくる!」と怒っている。


それも無理はなく、ボーヴォワールは『第二の性』で、「女は女に生まれるのではない、女になるのだ」とフェミニズムの思想をあらわしている。


一方アナイスは「私はやっぱり人間である前に女なのよねえ」という人。

ふたりは正反対。

アナイスに同化した私はボーヴォワールに興味を失っていった。


けれどそれからまた時が経ち、私は『サガンという生き方』を書いた。

そこでエナジーを注いだエピソードの一つが、老年のサルトルとの友情だった。

サガンを通じてまた、サルトル、そしてボーヴォワールに近づいた。


そして、仕事の関係で、再びサルトルとボーヴォワールについて調べる必要があり、そんなときにちょうど映画が公開された。

すごいタイミングだと思った。


けれど、映画はとても物足りなかった。

二人の運命的な出逢いの、ごく初期しか描かれていなかった。

私はいつも思う、「その後」が知りたい、と。

だからエンドクレジットが流れ始めたとき、物足りないーーー! と大きな声で言い、足をばたばたしたくなるほどに、いらついた。

ほんとに、物足りなかった。


ふたりはサルトルが死ぬまで「ふたりでひとり」という関係性を維持した。

けれど、その間、互いに何度も恋愛をした。

そのあたりのことをもっと描いて欲しかった。

自由恋愛という理想と、嫉妬独占欲という現実を、描いて欲しかった。


作家なのだからと嫉妬独占欲を自制することの苦しさを、描いて欲しかった。


いま、恋愛についての本を書いている関係で恋愛について24時間ぐるぐると考えている。


年齢を重ねれば、若いときには見えなかったものが見えてくる。

当然、恋愛についての意見だって変容してくる。

そしてぐるぐる考えるなかで、いつもアナイスが顔をのぞかせる。

これが邪魔。


以前に比べれば、アナイスともすこし距離がとれている。

でも、まだまだだ。


完全に彼女を客観視できたとき、彼女について書けるのだろうな。

それまで生きていて、ぜったいに、「私のアナイス」を書きたい。

アナイスの恋愛観を、わかりやすく魅力的に伝えたい。残したい。

そんなふうに思う、空気がおいしくない都会の朝。

■■個人と世界■■2011.4.19

Imagesl2axy0xn私は私だけの生を紡いでいく。

全世界を覆うこのペシミズム、この沈潜に関わることを、断固拒否する。

目には目隠しを、耳には耳栓をする。

殺されるのなら、踊りながら殺される。」

アナイス・ニン1934810日の日記から。

社会恐慌がもたらした変化と混乱が個人の生活を揺さぶり、破壊する。人々は不安に慄いている。私も例外ではない

そして、そのあとに「私だけの生」「踊りながら殺される」が続く。

非個人を拒否して、個人に徹しようというこの姿勢は、いまのような社会状況ではけっして広く支持されない。

生活の場が都会に変わってひと月が経って、もうどうしようもない天災への不安と人災への不安、個人の生活への不安が、どっと押し寄せてくる夜をいくつも過ごして、そんななかでアナイスの「私だけの生」「踊りながら殺される」のくだりがずっと胸にあった。

けれどそれを口にするエネルギーがなく、自分のなかでかかえこんで来たけれど、昨夜、眠れぬ夜を過ごしていて、でも、と思った。

すべてのことは、個々の内面の活動から生まれるのだから、やはり、アナイスのこの精神の活動は、非難されるべきことではない。

むしろサガンも忌み嫌ったマス・ヒステリアへの厳しい否定がみてとれる。

そういう意味では、「私だけの生」「踊りながら殺される」が胸にずっとあることと、昨日の記事「美しき命のために」は、確実につながっている。

自分のことで精一杯で、涙のなかでなんにもできないでいるけれど、そんななかで与えられた、社会に少しでも関われる機会を、なんとか活かしたかった。

そうして、愛をつよく感じられる瞬間だけを選んで言葉と向き合って「美しき命のために」を創った。

はじめて文章以外のものをデザインすることもしてみた。

チャリティという耳ざわりのよい言葉は苦手だけれど、そんなことを言っているときではない。ささやかな、消え入るほどに小さな存在ではあるけれど、自分にできることのひとつとして、すべきことなのだと思えた。

■■アナイスの印刷機と「最後の10年」■■2010.12.2

Anaisp私にとっての最後の10年がいつなのか、もう始まっているのか、それはわからない。

サガンが言う、「死は人間のあらゆる行動のいい分母です」に私も賛同するから、頻繁に死を想ってはいる。意識してはいる。

そしてこのところは、若いころのように、それを極端におそれることはなくなった。唯一、娘の存在だけがつよい心残りとなるだろうけれど。

ささいな不調とはいえ、寝込んでいると、死のこと、これから一番やりたいこと、限られている時間のなかでしたいこと、そんなことをつらつらと考える。

それでまたアナイスのことを考えていたのだけれど、20代のころから作家を志して書き続けていたアナイスは、ヘンリー・ミラーはじめ、後に超有名となる男たちを助けながら、インスパイアしながら、自身も執筆に励んだ。
けれど、彼女の独自の作風はなかなか認められない、本が出ない。

もちろん絶望するときもあった。
それでもつねにアナイスの虚弱体質のなかにある精神の強さが勝った。

アナイスは30代のはじめ、印刷機を購入、自らの作品を手作り出版した。

この事実。

20代の終わりころにようやく文章を書き始め、作家を志し、認められず、苦しい日々を送っていた私をどれほど強く励ましたことか。

何度も諦めようとし、けれど土壇場でアナイスの印刷機を想った。

そして自分に言い聞かせた。とにかく絶望しないで、と。

アナイスは自費出版どころか、自分で印刷機を購入して、自分の作品を出版した。
そこまでして世に出したい作品をあなたは書いたのか。
書いて、そのうえで絶望しているのか。
どうか。

そう何度自分を叱咤したことか。

アナイスのこの行動こそ、情熱と呼ぶにふさわしい。そしてこんなアナイスが私は大好き。

それでもアナイスの作品は多くの人に認められなかった。

はじめて手作りの作品を出版してからおよそ10年後、ようやく著名な批評家から好評を得るけれど、それで彼女の名が広く知られたわけではなく、アナイスが著名な作家の仲間入りをするには、さらに20年もの歳月が必要だった。

……20年!

自分で印刷をして出版してからは、30年!

きっかけは1966年(私が生まれた年だ)、アナイスの「日記」の出版だった。
これが評判になった。

そして1977年に亡くなるまでの10年間は、アナイスにとって長年の、ほんとうに長年の、夢がかなった薔薇色の10年だった。

ついに作家として世に認められた。創作活動が花開き、実った。
彼女の一生を経済的に支え続け、定年を迎えた夫ヒューゴーとの生活を、今度は彼女が支えられるようになった。

どれほど嬉しかったことだろう。
どれほど、「ああ、諦めないで続けてきてよかった」と思っただろう。

本が出ないころ、よくつぶやいた「やめるならやめればいい、でも、やめたら、それでピリオド」という単純な真実を思い出した。

ほんとうに色々なことを考える。
44年の人生でこれだけ愛し愛され、どうしてもこれだけは残してから死にたい、と思った本を出して、運命がそのように動くなら、それほど思い残すことはないように思う。

けっして暗い意味で言っているのではない。
けれど、私は欲張りだから、もっともっと愛し愛されたい。もっともっとよい作品を書きたい。だから絶望しちゃだめ。

アナイスだって60代半ばからの10年だった、と思えばマイナスの焦りもなくなる。

毎日書くべきことを書き、すべきことをして、興味あることに身を投じ、自分のなかにある小さな炎を守り続けたなら、きっと薔薇色のシーズンがまたくる。そう信じたい。

自分にとっての最後の10年がいつなのか、もう始まっているのか、それはわからないけれど。

■■44歳のアナイス■■2010.11.30

Anais私のブログのアドレスを見て、「あ、アナイス……」と言うひとはほとんどいない。
中田耕治先生の文学講座に出席なさっている方々くらいだった、反応してくれたのは。
あのときは驚きと嬉しさがあった。新しい世界に身を置いているのだと感じた。

そろそろアナイスの人生と自分自身の人生を重ねることから卒業したいとも思うのだけれど。

先日、知人とアナイスの話をした。

愛の遍歴で知られるアナイス、彼女は74歳で亡くなっているが、最後まで彼女は遍歴を続けていたのだろうか、というそんな話だった。

膨大なアナイスの日記、翻訳されているのはごくわずかでアナイス30代後半までしか詳細はわからない。

けれど、訳者の杉崎和子氏の「解説」によると、「1974年、ニンはその後の彼女の生涯を大きく変えることになるひとりの青年に出会った」とある。

16歳年下のルーパート・ポール。以後、30年間、彼と人生を共にする。
夫ヒューゴーとも別れないままに。

数か月ごとにルーパートのいるカリフォルニアと夫のいるニューヨークを往復する生活だった。

ニューヨークにいるときは、アナイスはルーパートのところに毎日午後4時に、必ず電話を入れた。

携帯も留守電もない時代。ルーパートは必ず家にいて、アナイスからの電話をとった。

最後の一年、末期癌に苦しむアナイスが最後の闘病生活を送ったのは、ルーパートのところだった。
ルーパートはアナイスの介護を一手に引き受け、臨終に立ち会った。

アナイスの死後、「私を海に戻して欲しい」という彼女の遺言を守り、小型飛行機をチャーターし、遺灰をサンタモニカ沖の海に散らしたのもルーパートだった。

カリフォルニアとニューヨークの二重生活を続けるアナイス、40代の半ばから亡くなるまで、恋の相手が他にいなかったはずはない。

けれどルーパートに勝る相手はいなかった。ある意味で、アナイスとルーパートの愛は永遠だった。

いろいろな愛のかたちがある。

アナイスを悩ましていた虚弱体質、精神の乱れ。それらは人生の後半、どのようになったのだろうか。知りたいとつよく思う。

アナイスがルーパートに出逢ったのは44歳のときだった。

■■天使と娼婦■■2010.10.21

Liテレビ番組の収録のなかで、ロセッティについて語り、そのなかでラファエル前派の画家たちの意識、ヴィクトリア朝のイギリスの女性観などについてもふれた。

つまり女性を「天使」と「娼婦」にわけて愛する男性の意識。

帰りの新幹線で「天使」と「娼婦」がなぜかあたまから離れなくなり、あれこれと思いを巡らせた。

たしか、アナイスの本のなかに、「娼婦より欲が深い」という一文があったな、と思いだして、帰宅してすぐに探した。

何度も書いている「インセスト」に、あった。

私が欲しいのは躰の関係ではなく、そこに至る過程、ゲームなのだということ。ドン・ファンと同じだ。誘惑するゲーム、男の肉体のみならずその魂まで所有するという正気を逸脱したゲームを愉しんでいる。娼婦より欲が深い。」

ナイス・ニンは私にとっては、ぜったい他人なんかじゃない、というところまできてしまっている作家だけれど、この部分については、いまの私は共鳴しない。

共鳴するときもあったし、これからもきっとあるのだろう。けれど、いまは違うシーズンにいるように思う。ゲームはしたくない。

ぱらぱらっとページを繰って、アナイスワールドを楽しんで、今回はこの一文でにっこりと笑った。こういうあなたが大好きアナイス。

私に感情というものがまったくなかったら、私は世界中でもっとも知的な女性になる

絵はロセッティのリリス。